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学校の沿革 |
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| 1975 |
4
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ストックホルム日本人会の働き掛けにより、ストックホルム市教育局の母国語教育余暇活動として、土曜学校の日本語学級を2クラス発足させ、マリア校で学習を開始する。(生徒数12名・教員2名) |
| 1976 |
3 |
日本商工会並びにストックホルム日本人会の後援のもと学校運営委員会が組織され、ストックホルム日本人補習学校を開設する。(児童生徒数40名・教員6名、小中学部3・国語クラス1で開始)校長は菊池幸子女史。
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4 |
ストックホルム市教育委員会でストックホルム日本人補習学校が市の母国語教育余暇活動として認定される。
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| 1977 |
4 |
中学部が開始される。校長はグレダ・ノードマーク女史。 |
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1978
1979
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3 |
学校文集「あしあと」第1号発行。校長はトローセル和子女史。
この年より1999年まで校長は藤川陽子女史。
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| 1980 |
12 |
5周年記念学芸会をミュージックアカデミー大ホールで行う。 |
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3 |
第1回卒業式が挙行される。 |
| 1981 |
9 |
日本人補習学校が、ストックホルム日本人会主催のスポンガ競技場での大運動会に、学童競技の責任者として正式に参加し、以後日本人会と補習学校共催で運動会を開催する。 |
| 1982 |
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学校図書館兼事務所をHögbergsgatan 66に設置する。
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| 1985 |
12 |
10周年記念学習発表会をマリア校体育館で開催する。 |
| 1986 |
4 |
ストックホルム市の予算削減に伴い、母国語余暇活動の援助が打ち切られる。独自の運営を始める。校舎の無料借用の為、ストックホルム日本人会の青少年活動として市に登録する。
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6 |
第1回の宿泊学習をリーダで行う。 |
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8 |
ヴァーサ高に借用校を変更して授業を再開する。 |
| 1987 |
4 |
第1代派遣教員(北村弘信氏)を教頭として迎える。 |
| 1988 |
6 |
中島源太郎文部大臣が本校を視察する。 |
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11 |
日本人補習学校協会設立のための保護者総会が開かれ、規約を承認し、日本人補習学校協会が発足する。ただちにストックホルム市に協会登録をする。
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| 1990 |
4 |
小学部、中学部の単式授業が実現する。第2代派遣教員(岩田勉氏)を教頭として迎える。
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11 |
15周年記念学習発表会及び展覧会を開催する。 |
| 1993 |
4 |
第3代派遣教員(杉浦博人氏)を教頭として迎える。 |
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8 |
エンゲルブレクト校に借用校舎を変更する。 |
| 1995 |
4 |
事務所兼図書館をHögbergsgatan68に移転する。 |
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8 |
20周年記念式典をメドボリヤルヒューセットで行う。
校旗及び校歌が公募され決定する。
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| 1996 |
4 |
第4代派遣教員(小向和秀氏)を教頭として迎える。 |
| 1999 |
4 |
第5代派遣教員(細野正俊氏)を校長として迎える。 |
| 2000 |
1 |
25周年記念行事を行う。餅つきが披露される。
この年より校舎借用の援助が打ち切られ、有料となる。
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3 |
25周年記念として在校生による「手形押し」が記念作品として残される。
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| 2002 |
4 |
第6代派遣教員(廣間義康氏)を校長として迎える。
インターナショナル校に借用校舎を変更する。
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11 |
第1回オープンスクールを実施する。 |
| 2005 |
4 |
第7代派遣教員(中島直人氏)を校長として迎える。 |
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11 |
創立30周年記念行事を式典と催しに分けて実施する。
掲示用の校歌(フェルト作品)が生徒によって作られる。
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| 2006 |
6 |
運動会が日曜日を授業日として実施される。 |
| 2008 |
3 |
第8代派遣教員(横山富夫氏)を校長として迎える。 |
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最終更新 2011年 2月 01日(火曜日) 11:31 |
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